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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)946号 判決

控訴人(原告) 竹下英年

被控訴人(被告) フットワークエクスプレス株式会社

主文

一  原判決を取り消す。

二  控訴人が被控訴人に対し、雇用契約上の地位を有することを確認する。

三  被控訴人は控訴人に対し、金一四〇万七〇〇〇円、及び平成四年一二月以降毎月二五日限り月額三九万八五〇〇円を支払え。

四  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

五  この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実と争点

第一控訴人の申立

一  (主たる請求)

主文と同旨

二  (当審で追加した予備的請求)

被控訴人は控訴人に対し、七一六万二七〇〇円、及びこれに対する平成四年九月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

仮執行宣言

第二争いのない事実等及び争点

左記のほかは、原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決四枚目裏一四行目「配達の場合、配達原票」を「集荷の場合、集荷原票」と改める。

二  同五枚目裏九行目「天草信一」から一三行目「理由書を、」までを「いずれも平成四年八月二八日付け『理由書』に、福永三生は前記三(1)ア、イ及び同(2)アの各事実を認める旨、天草信一(以下「天草」という。)は控訴人の指示で同(1)ア、イの不正をした旨及び同(2)ア、イの各事実を認める旨、木原義明(以下「木原」という。)は控訴人の指示により同(1)ア、イ及び同(2)アの各不正をした旨、曽我忠明(以下「曽我」という。)は木原と同旨又は同(2)アは控訴人の指示ではないとする点でこれと異なる内容(文言上はいずれとも確定できない。)をそれぞれ記載して被控訴人に提出した。」と改め、同六枚目表一行目「、それぞれ」を削る。

三  同六枚目表八行目「決定をした」の次に「(乙一号証)」を加える。

四  同六枚目表一二行目の後に改行して次を加え、一三行目「4」、同七枚目表二行目「5」、九行目「6」を順次「5」、「6」、「7」と改める。

「4 被告の就業規則一四四条は、懲戒処分を受けたものは、懲戒決定の通知を受けた日から一四日以内に賞罰委員会に対して異議申立ができる旨定めている(乙四)。控訴人は、本件懲戒解雇の直後に賞罰委員会に対して異議申立をしたが、同委員会は、同月下旬ころ、これを事実上却下した(控訴人本人)。」

五  同七枚目表七行目「乙四号証、証人小島の証言」を「当事者間に争いがない」と改める。

六  同八枚目裏八行目「合理性がない。」を「合理性がなく、解雇権の濫用である。」と改め、同九枚目表一一行目と一二行目との間に次を加え、一二行目「カ」を「ク」と改める。

カ 控訴人は、本件不正受給のあったころ、上司から保険金詐欺行為を強要されて心身の過労の極限状態に追い込まれたが、このことが控訴人の監督上の過失を誘発した。

キ 被控訴人は、平成四年五月、宇治店の監査を実行したが本件不正受給を発見していない。被控訴人が適正な監査をしていれば、本件不正受給の拡大を防止できたはずである。

七  同九枚目表一五行目「著しく不合理であり、」の次に「解雇権の濫用であるから、」を加える。

八  予備的請求についての控訴人の主張

1  懲戒解雇の場合、一律に退職金を全額不支給とすることは、たとえ就業規則にその旨の規定があっても、退職金の性格、労働基準法の諸規定や精神に照らして許されない。本件の場合、解雇権濫用を基礎付ける事情として前述したところに照らすと、仮に、本件懲戒解雇又は本件予備的懲戒解雇が有効であるとしても、控訴人は、右解雇による退職に伴い、具体的退職金請求権を取得した。

2  よって、懲戒解雇が有効と判断される場合には、予備的に退職金七一六万二七〇〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。

九  予備的請求についての被控訴人の主張

懲戒解雇の場合、就業規則の定めによって、退職金を不支給とすることは当然許容される。仮に、労働者に重大な不信行為のあった場合でなければ退職金を不支給とすることができないとしても、本件の場合、控訴人に重大な不信行為が存在することは明白であるから、控訴人には退職金請求権がない。

理由

一  懲戒解雇事由の存否

1  前記認定の本件始末書並びに天草、木原及び曽我各作成の理由書の記載内容に証拠(乙六、一一、一二、二一、二四号証、証人小島)を総合すると、本件不正受給の手段のうち、物販チラシの配付枚数を配達枚数として計上した件、及び未収集金をした場合配達枚数にも加算した件は、控訴人が福永らに指示してさせたものと認められ、また、商流荷物の集荷の際、集荷荷物の個数を集荷枚数として計上した件について、控訴人は、少なくとも福永らの全部又は一部がこのような不正申告をしていたことを知りながら是正させず放置したものと推認される(これらが原因で、重量点の計算対象重量が過当計上となったことは、前記認定の重量点の計算方法からして容易に推認できる。)。控訴人のこれら所為は、就業規則一四二条八号所定の不正な方法による賃金詐取の幇助に該当する。

控訴人は、控訴人の指示を認めた本件始末書の記載は事実と相違する旨主張するが採用できない。その理由は、原判決一一枚目表一行目から同枚目裏三行目までの説示と同一であるから、これをここに引用する(ただし、「甲九号証、一一号証の一、一三号証の一、一四号証は、これらが当審係属後に作成されたこと、被控訴人の本社担当者らの指示、示唆により、不正計上は控訴人の指示によるものとする旨決定されたといいながら、本件始末書及び前記各理由書において、すべてが控訴人の指示による不正計上とされずに控訴人の指示によるものとそうでないものとが区別されている理由について依然何ら説明がないことに照らして、採用できない。」を加える。)。

2  被控訴人は、本件不正受給のその他の手段(集荷原票枚数七一枚以上の場合の処理、空振の場合の処理及び複数運転手が作業した場合の重量点計算)についても、控訴人はこのような過誤計上を知悉しながら放置した旨主張する。そして、乙六号証及び証人小島の証言中には右主張に副う部分があり、その内容も全く首肯できないわけではないが、確たる具体的根拠があるわけではなく、なお推測の域を出ないから、にわかに採用できない。前記認定のとおり、本件始末書には右各過誤計上は控訴人の説明不足が原因でなされた旨の記載があるが、控訴人本人尋問の結果によれば、その趣旨は、控訴人が元々その過誤計上の事実を知っていたというのではなく、平成四年八月の被控訴人の調査結果から控訴人もかような過誤があったことを確認したため、始末書に右のような記載をしたものとも解されるから、本件始末書の右記載も被控訴人の右主張の裏付けとはならない。他に、右主張を認めるに足りる証拠はない。

もっとも、証拠(甲三号証、乙六号証、証人小島、控訴人本人)によって認められる控訴人の経歴、宇治店の規模、業態、控訴人の業務内容に照らすと、控訴人は、右各過誤計上を容易に知り得たものと認められる。したがって、右過誤計上による賃金過払いについては、控訴人にも重大な過失があるというべきであり、この点で、控訴人には就業規則一四二条四号該当事由があるといえる(なお、乙六号証によれば、被控訴人は、後に福永らから過払い賃金の一部返還を受けたことが認められるが、これは被控訴人における「損害の発生」を一部否定する理由にはならない。)。

以上によると、控訴人は就業規則一四二条四号、八号の懲戒解雇の基準に該当する。

二  本件懲戒解雇及び本件予備的懲戒解雇の解雇権濫用性

証拠(甲五、六号証、七号証の一ないし三、一三号証の一、乙四、六号証、証人小島、控訴人本人)に弁論の全趣旨を総合すると、概ね控訴人の主張に副う事実、すなわち、福永らの手当不正受給により控訴人自身が経済的利得を得た形跡はないこと、本件不正受給により被控訴人が被った損害一六四万円余については福永らから回収済みであること、福永らには本件不正受給を理由とする懲戒処分は何らなされていないこと、控訴人は、昭和三八年に被控訴人に入社して以来、懲戒処分を受けることもなく被控訴人のためそれなりに熱心に稼働してきたこと、控訴人は、宇治店店長当時、多様な業務を一手に処理し、また、被控訴人のため自らの判断で自費を投じたこともあったこと、控訴人は、本件不正受給のあったころ、上司から保険金請求に使用するための虚偽の貨物事故報告書の作成を要請されてこれを実行したこと(ただし、被控訴人が、実際に保険金を不正に受給したか否か等詳細は不明である。)、平成四年五月、宇治店の監査がなされたが、不正や問題点の指摘はなかったこと、就業規則の定めにより、本件懲戒解雇が有効とされると、控訴人は退職金を請求できなくなること(前記のとおり、本件懲戒解雇時点で控訴人が自己都合で退職したとすると、約七一六万円の退職金を取得できた。)が認められる。

右のとおり、本件不正受給のうち、控訴人が指示及び放置した手段によるものは私利が目的でないことからすると、控訴人なりの労務対策と推測され、したがって、動機において汲むべき点がないではなく、損害の填補もなされ、主犯である福永らには懲戒解雇は勿論何の懲戒処分もされていないことの均衡をも考慮すべきほか、控訴人を懲戒解雇に処することは、退職金の受給資格を剥奪して控訴人の入社以来の功績を無にするに等しいといえる。

乙四号証と弁論の全趣旨によると、被控訴人の就業規則には、懲戒は譴責、減給、下車、出勤停止、降職、諭旨解雇、懲戒解雇の七種とし、諭旨解雇は説諭のうえ、解雇し、退職金は基準支給額(自己都合)の五〇パーセントにとどめ、懲戒解雇の際は退職金は不支給とするとし、懲戒解雇の基準に適合するときでも、その情状により諭旨解雇、降職にとどめることができ、また懲戒解雇、諭旨解雇の基準に該当するときでも通常解雇をすることができ、懲戒によって損害賠償義務が免除されるものではないと定めていることが認められる。

控訴人の行為は就業規則の懲戒解雇基準に該当するものではあるが、右の事情を考慮すると、控訴人を解雇するのが相当であるにしても、諭旨解雇、通常解雇の方法もあるのであって、右のとおりの種々の情状の存する控訴人に対し、七一六万円もの退職金を奪ってまで懲戒解雇するのは懲戒解雇権の濫用とする他はない。したがって、被控訴人が控訴人に対してした懲戒解雇、予備的懲戒解雇は無効である。

三  懲戒解雇手続の違法性

乙四号証によれば、被控訴人の就業規則一四〇条七号は、「懲戒解雇は原則として行政官庁の認定を受け、予告せず解雇し、退職金は不支給とする。」と定めていることが認められる。

この就業規則にいう「行政官庁の認定」とは、労働基準法二〇条三項、一九条二項の「行政官庁の認定」をいうものと解される。同法の行政庁の認定を受けるのは使用者の行政上の義務であって、これを欠いているだけでは解雇は私法上無効とはならない。しかしながら、本件のように就業規則でこれが解雇の前提として定められた場合は同様に解することはできない。労働基準法の右条項は使用者と国との関係を規制するものであるが、就業規則は使用者と労働者との私法関係を規制するのが本来の目的であるから、就業規則の定め、本件では解雇に先立ち行政官庁の認定を受けるべきことも、使用者(被控訴人)と労働者(控訴人)との私法関係を定めたものと解すべきであって、この認定を欠いた解雇は無効とするのが相当である。この点に関する原判決の判断には賛成できない。

本件において、被控訴人がこの行政官庁の認定の申請を行わず、勿論その認定を受けていないことは弁論の全趣旨により明らかであり、行政官庁が不当にも事前に申請を拒否する意思を明らかにしたとかの例外的事情も認められないから、この点でも被控訴人の懲戒解雇は無効である。

四  結論

以上の次第で、控訴人の雇用契約上の地位確認請求は理由がある。

控訴人が本件懲戒解雇直後に賞罰委員会に対して異議申立をしたこと及び雇用契約上の地位確認請求を含む本件訴訟の係属中に本件予備的懲戒解雇がなされたことからすれば、控訴人は被控訴人に対し、本件懲戒解雇及び本件予備的懲戒解雇の各直後に労働債務につき口頭の提供をしていると解するを妨げないところ、本件懲戒解雇以後被控訴人が控訴人の就労を拒否していることは弁論の全趣旨により明らかであるから、被控訴人は、控訴人に対し、民法五三六条二項により、平成四年一〇月分及び一一月分の給料合計七九万七〇〇〇円及び同年度下期の賞与六一万円(前記事実によれば、控訴人が就労していれば、少なくとも右金額が支給されたものと推定される。)の総合計一四〇万七〇〇〇円並びに同年一二月以降毎月二五日限り月額三九万八五〇〇円の給料支払義務があり、したがって、これらの支払を求める控訴人の本訴請求も理由がある。

よって、控訴人の主たる請求は認容すべきところ、これと結論を異にする原判決を取り消し、主文のとおり判決する。

(裁判官 井関正裕 河田貢 佐藤明)

参照

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 原告の請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一 原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

二 被告は、原告に対し、金一四〇万七〇〇〇円及び平成四年一二月以降毎月二五日限り月額金三九万八五〇〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員であった原告が、被告が原告に対して行った懲戒解雇は無効であるとして、被告に対し、原被告間の雇用契約上の地位の確認と未払給料等の支払を求めた事案である。

一 争いのない事実、証拠により容易に認められる事実及び本件記録上明らかな事実

1(一) 被告は、貨物自動車運送等を業務とする会社である(当事者間に争いがない。)。

(二) 原告は、昭和三八年五月一三日被告(当時の商号は日本運送株式会社)に臨時社員として雇用された後、同年一〇月一日より正規の社員となり、以後、事務職員として被告の営業所や支店の業務係主任等を歴任し、昭和六一年二月には伏見店店長、昭和六三年一月一日には京都府宇治市所在の宇治店店長に就任し、平成四年九月九日付けで懲戒解雇されるまでの間、同店長として勤務していた(当事者間に争いがない。)。

2 被告の就業規則第一四二条は、懲戒解雇の基準となる事由に関する規定であるところ、同条第四号では「故意又は重大なる過失により会社に損害を与えたとき。」が、同条第八号では「不正な方法で会社の公金又は物品を私消し、或いは持ち出し又は持ち出そうとしたとき、及び不正な方法で賃金を詐取し又はこれを幇助したとき。」が、それぞれ具体的な事由として定められている(乙四号証)。

3(一) 平成四年四月から八月までの間、宇治店には、四名の正社員たる運転手が所属していた(当事者間に争いがない。)。

(二) 右四名(福永三生、天草信一、木原義明及び曽我忠明、以下「福永ら」という。)は、いずれも被告内でフットワーク運転手といわれる宅配貨物を取り扱う運転手であったが、被告の賃金規則によれば、フットワーク運転手(以下単に「運転手」という。)に対しては、同規則所定の概略以下のような内容の点数制により、能率手当及び時間外手当が算出され、支給されることとされている(乙五、六号証、証人小島の証言)。

(1) 能率手当

能率手当は、基礎額、変動額及び代行額の合計によって算出される。

このうち、変動額は、件数点、重量点、訪問点、走行点、現収点、特殊点、特殊額及び営業加算額によって構成される。

件数点は、運転手が荷物の配達作業や集荷作業に従事した場合に加算される点数である。配達作業に従事した場合には、配達した荷物の個数や配達先の軒数のいかんにかかわらず、配達原票の枚数を基準として、一枚当たり一・二点が加算される。また、集荷作業に従事した場合には、出荷のあった荷主軒数(以下「集荷軒数」という。)一軒当たり一点が加算されるが、集荷軒数一軒につき集荷原票の枚数が二枚以上であるときには、その二枚以上の分について、一枚につき〇・一点が、集荷軒数一軒当たりの加算限度額である七点を限度として、加算される。

重量点は、実際の荷物の重量のいかんにかかわらず、配達枚数と集荷枚数との合計数につき、一枚当たり一五キログラムを乗じて得られる計算上の重量を算出し、その重量を、一トン当たり四・一五点に換算して算出する。また、複数の運転手が乗務して作業を行った場合には、総扱重量を人数で除して得られる一名当たりの重量を、計算対象重量とする。

訪問点は、運転手が配達及び集荷作業で荷主を訪問したが留守等のためその作業ができなかった、いわゆる空振の場合において、空振一軒先〇・三点が加算される。

現収点は、運転手が様々な場面で現金の収受を行った場合に加算される点数であり、その集金額やそれに係る荷物の個数等にかかわらず、集金を行った軒数一軒当たり二点とする。

以上のような各点数を合計して得られる能率点につき、一点当たり一一・六円に換算し、さらに特殊額、営業加算額及び代引額を加えることによって、変動額が算出される。

(2) 時間外手当

時間外手当は、時間外手当Iの額と時間外手当IIの額とを比較して、高い方の額を支給する。

時間外手当Iは、被告の賃金規則の規定に従い、超過勤務を行った時間に応じて算出される。

時間外手当IIは、能率手当の算定に係る件数点、重量点及び特殊点のほか、時間点及び店所標準点によって構成され、所定の計算式によって算出される。その計算方法は、月間の件数点、重量点、特殊点、時間点の合計点数から、運転手の各所属店について店ごとに定められている標準点ランクによる店所標準点に当該月の出勤日数を乗じて得られる数を差し引いて月間超過点を算出したうえ、これに超過点単価を乗じて算出する。

超過点単価は、月間超過点に応じて、三段階に区分して定められており、月間超過点が二〇〇〇・一点以上の場合は単価三〇円、一〇〇〇・一以上二〇〇〇・〇点以下の場合は単価四五円、一〇〇〇・一以下の場合は単価五七円とされている。

(三) 宇治店においては、平成四年四月以降、福永ら全員が、次のように配達枚数の過当計上等を行い、それによって前記各点数を水増しし、能率手当及び時間外手当を不正に受給していた((1)による不正受給については乙六、七、八号証、九号証の一から三まで、証人小島の証言、(2)による不正受給については当事者間に争いがない。以下これらを総称して「本件不正受給」という。)。

(1)ア 物販チラシの配付枚数を配達枚数として計上していた。

イ 未収集金を行った場合、現収軒数として一軒計上するのみならず、配達枚数としても一〇枚を計上していた。

ウ ア及びイの不正計上の結果、重量点の計算対象重量についても、過当計上となった。

(2)ア 商流荷物の配達の場合、配達原票の枚数を集荷枚数として計上すべきであるのに、集荷した荷物の個数を集荷枚数として計上していた。

イ 集荷軒数一軒につき集荷原票枚数が七一枚以上の場合、日報において、七〇枚以下の場合とは区別して別の所定欄に記入するものとされているにもかかわらず、七〇枚以下の欄に記入し、七一枚を超える枚数についても、すべて点数加算の対象としていた。

ウ 空振の場合、訪問軒数としてのみ計上すべきであるのに、訪問軒数として計上したうえ、集荷軒数としても計上していた。

エ アからウまでの不正計上の結果、重量点の計算対象重量についても、過当計上となった。

オ 複数の運転手が乗務して作業を行った場合、総扱重量を人数で除して得られる一名当たりの重量ではなく、総扱重量そのものを各運転手の重量点の計算対象重量としていた。

(四) 運転手については、各運転手ごとにフットワーク作業実績表(月報)(以下「月報」という。)が毎月作成され、配達枚数、集荷枚数等の記載がされるところ、平成四年八月、宇治店から月報の報告を受けている被告の京滋支店が、福永らの月報に記載されている配達枚数及び集荷枚数が異常に多いことに気づき、被告において原告及び福永らから事情聴取をするとともに、資料の調査を行ったところ、本件不正受給の事実が判明し、原告及び福永らもそれらの事実の存在を認めた(乙六号証、九号証の三、証人小島の証言、原告本人尋問の結果)。

(五) そして、天草信一(以下「天草」という。)、木原義明(以下「木原」という。)及び曽我忠明は、平成四年八月二八日付けで被告に対し、配達枚数、集荷枚数等の不当計上が宇治店店長である原告の指示によるものであった旨の記載のある理由書を、また、原告も、同日付けで被告に対し、本件不正受給に係る前記(三)の各事実のうち(1)が原告の指示によるものであったこと並びに(2)が原告の福永らに対する説明不足により生じたものであることを認める旨の始末書を、それぞれ提出した(乙第二号証、第三号証の二から四まで、証人小島の証言、原告本人尋問の結果)。

(六) 被告の賞罰委員会は、本件不正受給について審議をした結果、原告が福永らに対し配達枚数を過当に計上するよう指示し、福永らの賃金違算を放置したことにより、賃金過払いを発生せしめたことは、被告の就業規則第一四二条第八号に該当するとして、平成四年九月五日懲戒解雇が相当である旨の決定をした。

(七) 被告は、平成四年九月九日付けで、原告を、被告の就業規則第一四二条第八号所定の事由に該当する事由があるとして、懲戒解雇に付した(当事者間に争いがない。以下これを「本件懲戒解雇」という。)。

4(一) 原告は、宇治店店長当時、同店に学生アルバイトとして勤務していた佐藤徹雄(以下「佐藤」という。)に対し、平成四年三月、五月及び六月の各月分の賃金を支給するに当たり、佐藤の出勤日数を過当計上し、賃金台帳に佐藤に対する実際の支給額を上回る金額を記入することにより、右支給額を上回る金額をも現実に佐藤に支給したかのような会計処理を行い、被告に対し、右支給額を上回る分につき、水増し請求を行った(当事者間に争いがない。)。

(二) 右(一)の事実は、佐藤の住所地が所在する伏見区の区役所から同人に対し、平成四年度の同人の現実の所得額を上回る額に基づく市・府民税の納税通知書が送付され、佐藤がその旨を同区役所に及び被告に申し出たため、被告において調査したことにより発覚したものである(乙一三、一四、一五号証、証人小島の証言)。

(三) 被告は、平成五年九月二一日付け準備書面をもって、前記(一)に係る被告の行為が就業規則第一四二条第四号及び第八号所定の事由に該当し、右行為により被告の名誉や社会的信用が失墜したとして、原告に対し、予備的に懲戒解雇を行う旨の意思表示をし(以下これを「本件予備的懲戒解雇」という。)、原告は、同日右準備書面を受領した(本件記録上明らかである。)。

5 被告の就業規則では、懲戒解雇の場合には退職金を支給しないものとされているが、被告における退職金に係る規則により、仮に本件懲戒解雇時点で原告が任意退職したとして原告が受けるべき退職金額を算定すると、自己都合による退職であれば金七一六万二七〇〇円、会社都合による退職であれば金八四一万七一〇〇円となる(乙四号証、証人小島の証言)。

6(一) 本件懲戒解雇直前の原告の給料の月額は、基本給金三七万九〇〇〇円及び家族手当金一万九五〇〇円の合計金三九万八五〇〇円であり、前月一六日から当月一五日までの分につき、毎月二五日に支給されていた(当事者間に争いがない。)。

(二) 被告においては、賞与が年二回支給されるところ、平成三年度下期実績に照らせば、原告につき何ら懲戒の対象となる事由が存せず勤務を継続した場合、原告が平成四年一二月一〇日に同年度下期の賞与として支給を受けたであろう金額は、約六一万円である(当事者間に争いがない。)。

(三) 被告は、本件懲戒解雇が有効であるとして、原告に対し、平成四年一〇月分以降の給料及び同年度下期の賞与の支払をしない(当事者間に争いがない。)。

二 争点

1 原告の主張は、次のとおりである。

(一) 本件懲戒解雇は、以下の理由から無効である。

(1) 原告には、懲戒解雇事由に該当する事実がない。

前記一3(三)(1)の事実につき、原告が福永らに対して配達枚数の過当計上を指示した事実も、故意に放任していた事実もない。なお、原告が作成し、被告に提出した始末書(乙二号証、以下「本件始末書」という。)は、被告による示唆と指示により、原告が、自身が解雇されるなどの重大な問題には至らないとの確信に基づき、あえて原告一人が全責任を被る形で事態の収拾を図ることを了承して作成したものであり、その記載内容は、事実とは異なる。

原告は、本件不正受給につき、それが被告に判明した平成四年八月まで、一切認識していなかったものであり、原告には、宇治店店長として、従業員である福永らによる配達枚数の過当計上等を発見、防止できなかったことについての監督上の過失があるにとどまる。被告の就業規則第一四二条第八号にいう「幇助」は、幇助者の故意を要件とすると解すべきであるが、原告にはその故意が存しなかった。

(2) 本件懲戒解雇は、不公正な手続により行われたものである。

ア 被告は、本件懲戒解雇について、労働基準法第二〇条第三項及び被告の就業規則第一四〇条第七項が要求する「行政官庁の認定」を受けていない。

イ 被告における賞罰委員会は、原告が平成四年八月二八日付けで本件始末書を提出した後、一回ないし二回の会合をもったのみで、同年九月五日には原告の懲戒解雇を決定しているが、右委員会の構成員は被告の本社役員のみであり、慎重な実質的審理がされた形跡はなく、また、事前に原告本人に弁明の機会も与えられていない。

(3) 次のような事情に照らせば、原告に対する懲戒解雇は過酷に失し、本件懲戒解雇には合理性がない。

ア 原告は、本件不正受給に関し、全く利得を得ていない。

イ 本件不正受給により、被告に発生した損害金合計金一六四万〇〇四〇円については、被告は、既に福永らから全額回収済みである。

ウ 被告は、本件不正受給に関し、福永らに対しては何らの軽微な処分も行っていない。

エ 原告が宇治店店長であった当時、同店には、店長を補佐する中間管理職が置かれておらず、店長が一人で営業、経理、労務管理、対外的な苦情処理等の一切を処理するという経営体制がとられており、原告は、過重な労働と責任を負わされていた。加えて、平成四年五月から八月までの間には、運転手の欠員に伴い、原告自らが週二、三回の割合で運転手としての業務にも従事せざるを得ない状態であった。

オ 原告は、宇治店店長に在任中、得意先の維持等のため、贈答品代として、約金八〇万円を自費で負担しているほか、暴力団絡みの示談処理のため、少なくとも約金六〇万円を自ら支払い、解決を図っている。

カ 本件懲戒解雇の結果、原告は、前記金額の退職金支払請求権を失うこととなった。

(二) 本件予備的懲戒解雇も、次のような事情等に照らせば、著しく不合理であり、無効である。

(1) 前記一4(一)の事実により、原告が被告に対して行った水増し請求の総額は、金四〇万円から金五〇万円にとどまる。

(2) 右水増し請求の目的は、原告自身の利得のためではなく、佐藤が宇治店でのアルバイト中に起こした事故の賠償金及び車両の修理代金に流用し、事故の責任から佐藤をかばうとともに、事故に関する紛争の早期解決を図るなどのためであって、被告には、右水増し請求によって何ら実損は発生していない。

(3) 被告は、原告に対し、右水増し請求よりもはるかに重大な違法行為である、架空の事故報告書に基づく保険金詐取への加担を強要していた。

(三) よって、原告は、被告に対し、雇用契約上の地位の確認を求めるとともに、平成四年一〇月分及び一一月分の給料並びに同年度下期の賞与相当額合計金一四〇万七〇〇〇円の支払と、平成一二月分以降の給料月額金三九万八五〇〇円の支払を求める。

2 被告の主張は、次のとおりである。

(一) 本件懲戒解雇について

原告の被告における職歴、宇治店店長としての勤務年数や職務の内容等に照らせば、原告が本件不正受給に係る事実を認識していたことは明らかである。

また、本件不正受給の過当計上や賃金違算の項目が多岐にわたっていること、その金額が総額についても、運転手一人当たりについても極めて多額であること、その期間が長期にわたっていること、会社秩序に対する侵害の重大性等を考慮すれば、本件懲戒解雇には合理性がある。なお、被告は、本件不正受給に関し、福永らから合計金一六四万〇〇四〇円の返還を受けているが、右金額は、宇治店に保管されていた書類上確定し得た不正受給額であるにとどまり、右金額の返還によって被告の損害が全額賠償されたわけではない。

(二) 本件予備的懲戒解雇について

原告は、本件予備的懲戒解雇に係る水増し請求に類する不正行為を、以前から常習的に行っていた。また、所定の手続に従わない事故処理による企業秩序の紊乱、被告に対する社会的評価の低下、さらには営業展開の必要上広範な権限が与えられている店長による不正行為が被告の業務体制に与える影響の大きさを考慮すると、本件懲戒解雇には合理性がある。

第三争点に対する判断

一 本件懲戒解雇に係る懲戒解雇事由の存否について

乙二号証、三号証の一から四まで、六、一一、一二、二一号証、証人小島の証言によれば、本件不正受給に係る各事実のうち、前記第二の一3(三)(1)については原告の指示によって福永らがこれを行い、同(2)については福永らの行為を原告が知りながらあえて放置していたものと認めることができ、本件不正受給に係るこれらの原告の行為は、被告の就業規則第一四二条第八号所定の懲戒解雇事由に該当するものと認めるのが相当である。

原告は、本件始末書(乙二号証)の記載内容は事実と異なる旨主張し、原告本人尋問の結果及び甲八号証の一の中には、右主張に沿う部分もあるが、本件始末書の作成経緯に関する原告の供述ないし記載内容ははなはだ曖昧で、原告の主張どおりの事実関係であるとすればなぜ事実に反する記載を原告が行う必要があったのか、それは誰の意向によるもので、いつ誰からその具体的指示を受けたのか、どのようにして始末書の文案が確定したのか等の点について、ほとんど合理的な内容の説明がされておらず、原告の右供述ないし記載部分を採用することはできない。なお、原告は、右主張の証左の一つとして、木原及び天草が平成四年八月二八日付けで被告に提出した前記各理由書に、同人らの名義で平成五年二月付けで「上記店長指示の指示と記載致しましたが真実でない為削除下さい申し訳けありません」との記載がそれぞれ追加された書面(甲一、二号証)を提出するが、両書面とも、それぞれ追加された記載文言が右のとおり明らかに誤りと思われる部分まで一字一句異ならないことからみて、いずれも元となった同一の文章が書き写されたものと推認され、その記載の信用性には疑いを差し挟まざるを得ず、前掲各証拠に照らすと、ただちに採用することはできない。

また、原告は、本件不正受給が被告に判明した平成四年八月まで、その事実を一切認識していなかった旨主張し、本人尋問の結果中には、右主張に沿う供述部分もある。しかしながら、前記のとおり、原告は約三〇年間も被告に在職し、特に宇治店店長としての在任期間が四年半以上であったこと、宇治店に所属していた運転手全員がいずれも同様の方法をもって本件不正受給を行っていたことが認められることに加え、甲四号証、乙六、七、八号証、九号証の一から三まで、一〇号証の一から四まで、証人小島の証言及び原告本人尋問の結果により、福永らによる配達枚数及び集荷枚数の過当計上は本来の枚数の二倍ないし三倍にも及んでおり、賃金の不正受給額も平成四年七月には約九万七〇〇〇円、同年八月には約一四万円に及んでいたこと、原告は宇治店店長として同店の営業、経理、労務管理等の一切を一人で担当し、運転手らが毎日作成し、提出する作業日報等に基づき、自ら月報を作成する作業を行っており、その作業に際して各運転手に係る毎日の配達枚数等の数字に接し、その多寡を把握し得る立場にあったこと等の事実が認められることをも考え合わせると、本件不正受給に係る各事実を一切認識していなかった旨の原告の供述部分は、にわかに採用することができない。

二 本件懲戒解雇の手続について

1 原告は、本件懲戒解雇の手続上の瑕疵として、被告が「行政官庁の認定」を受けていない点を指摘するところ、確かに、弁論の全趣旨によれば、本件懲戒解雇に当たり、被告が労働基準法第二〇条第三項の「行政官庁の認定」を受けていないことが認められる。しかしながら、同項については、「行政官庁の認定」を得ることを即時解雇の有効要件とする趣旨の規定ではなく、「行政官庁の認定」の有無は、懲戒解雇の効力には影響を及ぼさないものと解すべきであるし、また、乙四号証によれば、被告の就業規則には、「懲戒解雇は原則として行政官庁の認定をうけ、予告せず解雇……する。」との定めがあることが認められるものの、その文言に照らせば、右の定めは、懲戒解雇の効力を「行政官庁の認定」の有無に係らしめることにより、被告の懲戒解雇権の行使に自律的制限を加える趣旨のものではなく、単に労働基準法第二〇条第三項の規定の趣旨を引き写したにすぎないものと解するのが相当である。

よって、この点に関する原告の主張には理由がない。

2 また、原告は、被告における賞罰委員会が慎重な実質的審理をせず、事前に原告本人に弁明の機会を与えないまま、本件懲戒解雇を決定したなどとして、その手続が不公正であると主張するが、本件全証拠に照らしても、賞罰委員会が右決定をするに至るについて、被告の就業規則等に定められた手続を欠いたことを認めることはできず、また、賞罰委員会の構成員の顔触れ、本件始末書の提出から賞罰委員会の右決定までの日数やその間の賞罰委員会の会合の開催数、原告に事前の弁明の機会が与えられなかったことなど、原告の主張に係る事実を総合しても、本件懲戒解雇について、それを無効ならしめる程度に重大な手続上の瑕疵があるとみることはできない。

よって、この点に関する原告の主張にも理由がない。

三 本件懲戒解雇に係る合理性の有無について

弁論の全趣旨によれば、被告は、いわゆる宅配貨物の取扱業務等を行う必要上、ミニ店と呼ばれる宇治店と同規模で、同店と同様の管理体制をとる小店舗を多数展開していることが認められるところ、福永ら宇治店所属の運転手四名全員が常習的に多岐にわたる方法で配達枚数等の不正計上を行っていたこと、福永らがそのような方法により賃金の不正受給を行うことを同店の店長である原告が指示し、又は知りながらあえて放置したことなど、前記認定の本件不正受給の態様及びそれに対する原告の関与の態様に照らせば、それが被告の会社秩序、業務体制に与えた影響は相当大きいものといわざるを得ず、原告が主張する各事情を最大限参酌しても、本件不正受給に関し、原告を懲戒解雇にすることには合理性があるものと評価せざるを得ない。

四 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

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